INTERVIEW

LUMi の歌声を聞いたとき、あなたはどんな印象を持ちましたか?人間のような、はたまたそうではないような…。

まるでスポーツ飲料のように、すっと耳に馴染む声。LUMi という楽器の音の制作を担ったのは、ヤマハ株式会社VOCALOID 開発チームの馬場修三さん。メロディーと歌詞を打ち込むだけで歌ってくれるヤマハが開発した歌声合成技術・ソフトウェアのVOCALOIDに携わって15年の、声×デジタルの第一人者です。

キャラクターデザインを手がけた深山フギンさんへのインタビューに続いて、今回は静岡にあるヤマハ 豊岡工場にて、馬場さんにLUMi の音づくりに対する想いやこだわりを伺いました。

LUMi はどんな音をしている?

ーーまずはじめに、馬場さんが思うLUMi のキーワードを教えてください。

馬場修三(以下、馬場)

僕はデザイン画や初期のストーリーを伺った際、「透明感」「神秘的」「海」「くらげ」といったイメージを持ちました。それらのキーワードは今でも変わっていません。

僕の仕事はLUMi の歌声をつくることですから、声のイメージが大事になりますが、LUMiが発する言葉はシュプレマティスムの絵画みたいな感じかな…と。
※シュプレマティスム…単純な幾何学模様や図形の組み合わせなど、抽象性を徹底した芸術表現の技法。1910年代のロシアから始まったとされる。

ーーAVA は『LUMi は、使うクリエイターによって変化する楽器』としてプロジェクトを進めてきました。楽器の要である「音」の制作を担当した馬場さんから見て、楽器としてのLUMi の魅力はどんな点にあると思いますか?

馬場

VOCALOID のライブラリは、つくる毎に新しいチャレンジを取り入れ、その都度制作ノウハウを蓄積し、進化してきました。現在では、かなり人間の声らしさが出せる様になってきました。LUMi ライブラリも同様で、より生々しく歌唱することを目指してデザインしています。ベタ打ちでも十分にその魅力をご堪能いただけると思いますが、追い込んだ調声において、さらに輝きを増すような要素を盛り込んでありますので、使う側から見ても、使えば使うほど豊かに響いてくる奥深さを感じていただけると思います。

中でも注力したのが、歌声としての在り方についてです。ライブラリには、LUMi のキャラクターに相応しい声であることを押さえつつ、“歌声” として成立させるための要素をできるだけ盛り込みました。フレーズやテンポ、あるいは様々な音楽のジャンルを越え、どのように使ってもLUMi の “歌声” が表現できること。そこにはかなりのこだわりを持ってデザインしてあります。まさに、『LUMi は使うクリエイターによって変化する “歌唱する” 楽器』と言えると思います。

ーー他にも多くの声を取り扱う、「声のプロフェッショナル」である馬場さんから見て、LUMi の声にはどんな特徴がありますか?

馬場

ひとことで言うと “癒し” でしょうか。自分が運命の岐路に立っていて、そのことも自覚している。でもいくら考えても、どちらの道へ踏み出すべきか選択できずにいる。悩みに悩んで、それでも答えを出せず、何かにすがりつくような思いで空を仰ぎ見たとき、誰かが耳元で何かをそっと囁く…。その瞬間の声のイメージというか…
誰かの心にすっと入って、時に励まし、慰め、勇気や希望を与えてくれる…そんな声です。音楽とはそういうものだと思いますが、LUMiの歌声にはそれと同じ力があると思います。

LUMiライブラリで実際に曲を作ってみても、様々なジャンルとの馴染みがいいんですよ。大原さん(LUMiの声を担当している、声優の大原さやかさん)の声のおかげで、フラットさも兼ね備えることが出来たので、LUMi はボーカル楽器として見たときに、すごく使い易いところに位置すると思います。

200点が目指せると、思ってしまったから

ーーLUMi のVOCALOIDライブラリ をつくっていく上で、困難だった点はありますか?

馬場

ライブラリ制作で最も重要な課題は、如何に良い声で収録できるか? ということです。しかしイメージ通りの声を、良いコンディションをキープしながら長時間出し続けていただくことは、声優さんに大きな負担をおかけするため、百戦錬磨のプロの方であっても、容易なことではありません。

LUMiライブラリの収録では、必要な音素収録がひと通り完了した後に、更なるクオリティ・アップのために、オプショナル音素の収録を行いました。このような収録は通常行ないませんが、大原さんだったらもう一段階上の高みを目指せると思い実施した、特別な追加収録です。

その収録作業中に、大原さんが喉のコンディションを崩され、収録を中止した経緯があります。オプショナル音素の収録とはいえ、最後まで出来なかったことを、大原さんは非常に悔やまれていました。収録作業を通じ、大原さんの仕事に向かう真摯な姿を間近で拝見していた我々にも、その気持ちは痛いほど理解できました。

幸いなことに再び収録できる機会を得られたため、後日再収録を行い、悔しかった思いにリベンジを果たすことができたことを共に喜び合いました。

AVA吉澤

そのため、収録は計3回行ったんですよね。初回の収録を終えて打ち合わせをしているときに、「100点満点中、現状ですでに160点出せている。ですが、今回大原さんとなら200点を目指せるかもしれない。」という話を聞いてしまったので、それなら200点目指したい!と思って、異例の3回目の収録が実現したんです。

馬場

やはりみんな「良いものを作りたい」という意識が共通していたのが大きいですが、今回200点を目指せたのは、大原さんだったからです。大原さんなら壁を超えられる!と思いました。

通常のVOCALOIDって、実は声優さんがいらっしゃればすぐにレコーディングして声を録れるんですよ。なぜなら、こうやって普通に喋っている声も素材となっていくからです。しかしLUMi はヴァーチャルアーティストだからゴールがない。「この声!」という目標があって、やっと録音のスタートラインに立てます。

ライブラリ制作において、声色や歌いまわしについてこちら側からリクエストを出させていただくことは少なくありません。しかし大原さんはプロ中のプロですから、キャラクターに相応しい声を演出する部分については全面的にお任せして進めていきました。

そういった点も含め、正直なところ、困難だったのは大原さん側で、我々の方はと言うと「これほどラクな収録は無い」というほどスムーズに進行した実感しかありません。大原さんの声優としてのスキルが秀でていることはもちろんですが、こちら側の要望を即座に理解し、少しも乱れることなく、終始完璧なパフォーマンスをしていただいたからです。こうして振り返ってみても、我々はその比類なきプロフェッショナルぶりに、ただただ感嘆していただけのような気がします。

歌声という枠を超えてほしい

ーーいち作り手として、 “歌唱する” 楽器であるLUMiを、馬場さんはどんな風に使ってみたいですか?

馬場

僕はVOCALOIDの仕事に就く以前、僕はTVのCM や番組向けの楽曲制作をしていたのですが、当時の夢はハリウッド映画のサウンド・トラックを作ることでした。LUMiを使って、その夢をぜひ叶えたいです。

LUMiの歌声は、僕には有機的にも無機的にも聴こえます。人間的な生命感と、生命ではない何かというふたつの面が同居しているように感じているからです。だから恋愛映画のように人間的なドラマを描いたものにも、未来や宇宙を描いたSFものにもばっちりフィットすると思うんですよ。

せっかくなので、LUMi ライブラリの「使い方」のヒントをひとつ。前述した「オプショナル音素の収録」によって、LUMiライブラリは、日本語のすべての発音を合成できる分の、ダイフォンとトライフォンの両音素を持っています。(他のライブラリのトライフォン音素は、使用頻度が高いもののみ)これはLUMiライブラリだけが持つ仕様ですので、つくり手側の表現の幅が広がるのではないでしょうか。
※ダイフォン…「母音+子音」「子音+母音」と2つの音素を連続させた音素情報
※トライフォン…「母音+子音+母音」と3つの音素を連続させた音素情報

ーー最後に、これからのLUMi に期待する点を聞かせてください。

馬場

既存の枠を越えた存在になってほしいと思います。

VOCALOIDが使われた楽曲に対して「これってボカロなの!?」とか「ほぼ人間!」という感想をいただける機会が以前と比べ増えました。開発チームにとってとても励みになりますし、嬉しい限りですが、これらはVOCALOIDであることが前提のコメントですよね。LUMiにはその枠をぜひ越えて行ってほしい!と。

愛される楽器って、使われる楽器だと思うんです。楽器って大事にしまっておくものではなくて、毎日使うことで愛着が増していくものかと。LUMi を毎日使ってどんどん没頭してもらって、いい曲が生まれてブレイクする…。これが最高だと思うんですよね。ぜひ、そんな未来が見れたらいいなと思います。

INTERVIEW / TEXT BY AYUMI YAGI

馬場修三ヤマハ株式会社 新規事業開発部
VOCALOID グループ

VOCALOIDが「Daisy Project」と呼ばれていた頃から開発に関わるチーム最古参メンバー。現在は主に歌声ライブラリの開発を担当している。渋谷生まれ渋谷育ち、現在は静岡県浜松市に在住。好物はいちご。