INTERVIEW

幻想的なイメージを持ちながら、人間の声のニュアンスも表現しているのがLUMiの声=楽器としての音の特徴です。
音としてのLUMiの核を担ったのは、声優の大原さやかさん。
声優、ナレーターとしての豊富なキャリアを持つ大原さんですが、実はVOCALOIDへの挑戦は初めてだったとのこと。全力で臨んで下さった収録現場での出来事や、大原さんだからこそ言えるLUMiの音の特徴を伺いました。

想像以上に大原さやか感がない

ーー大原さんは声優としての経験も豊富で、人気アニメにも多数出演されていますが、敢えて初めてのVOCALOID に挑んでみようと思ったのはなぜですか?

大原さやか(以下、大原)

だって、最高じゃないですか!
自分の声が素材となって、それが自分の想像を超えた見たこともない世界を紡いでくれるなんて。
自分ひとりでやろうとしても叶わないところまで、手が届く感覚があったんです。

わたしの声をもつ、自分が産んだ子供のようなLUMiが、わたしの手から完全に離れた知らないところで急成長する姿を、これからたくさん見ることが出来るかもしれない。それはなかなか他の作品では体験できないことです。

今回このボカロのオーディションで、参考に今まで歌ったキャラクターソングを1曲提供してください、といわれたのですが「できれば1曲だけでなく、これとこれも聞いていただきたいです!」とダメもとでマネージャーにお願いしたりして…前のめりでした(笑)

ーー他の仕事と比べて、LUMi プロジェクトの進み方は違いましたか?

大原

まったく違って…不思議な感じでした。

普段は、演者としてマイク前に立つ前に、全体の概要やストーリー・キャラクター設定や表情集などをいただき「このキャラはこういう性格で、こういう喋り方をして、こういう反応をする」という様々な情報を取り込んだ上でお芝居の中にアウトプットしていく。
だから、そこから余程の予想外の設定が後付けされないかぎり、比較的大きな変化はしないんです。
でも今回は、LUMiのイメージを一緒に考えるところから始まりました。

LUMiのイメージとして最初にいただいたのが、「スクラップド・プリンセス」というアニメ作品で14年前にわたしが演じたラクウェルという役でした。
ですが、収録前にいただいたLUMiの設定は15歳。ラクウェルがかなりお姉さんのキャラクターだったこともあり、イメージの照準をどこに合わせようか悩みました。

そこで、LUMiのコンセプトをなるべく具体的にお聞きし、そこから少しずつ「声を力んで作らず、肩の力を抜いてナチュラルに発声するのがLUMiのイメージにいちばん寄り添うのではないか」と最終的な方向性が固まっていきました。

耳にした人の鼓膜を涼やかに揺らすような、スッと入り込むようなイメージを常に意識していました。

ーー最初に感じたLUMiのイメージと、録音を終え新しい情報もアップデートされた今とで、LUMiに対して印象など変わったところはありますか?

大原

根本的にはあまり変わってはいません。
ですが、設定やビジュアルの情報量が収録時より多くなってきたので、もっと具体的に、色彩豊かになってきた感覚はあります。

海に漂う美しいクラゲや、神秘的な日本古来の巫女のようなイメージ…といちばん最初に伺っていたのですが、収録を終えた今、改めてよりブラッシュアップされたビジュアルイメージを見ると、男女問わず受け入れられる中性的なイメージや日本的な美しさ、それからキュートさもさらに盛り込まれていましたので、レトロとモダンカラーを併せ持つ、幅広く愛されるキャラクターに育てていただけるのでは、と思いますね。

VOCALOIDの2回目の収録を始めるときに、「仮で作ってみました」と、デモを何小節か聞かせていただいたんです。
その時「わたしであってわたしじゃないというこの感じは初体験で面白いな」と感じました。

そして完成版をフルで聞かせていただくと、その印象がさらにパワーアップしていて。
想像以上に「大原さやか感が無い」と自分で感じられたのが、言い方は変かもしれませんが、とても嬉しかったんです。

LUMiは大きな可能性を秘めたひとつの楽器としてみなさんに愛されたいという想いがあるので「大原さやかの声である」という点をあまり前面に出したくない…というか、出さないほうが先入観や固定観念が取り払われて、より広く浸透するのではという想いが、密かにわたしの中にありました(笑)

それでもときどき、コーラスや語尾の置き方のニュアンスの中に「今のちょっとわたしっぽい!?」って感じられる瞬間もあるので、どこか自分探しみたいな感じもあったりして、それもまた楽しくて(笑)

紛れもなくわたしの声が素材になってるのに、触れたことのない未知の楽器に『はじめまして』と向き合うような、不思議な感覚でした。

スッと馴染む、汎用性を持った音

ーー自分の声がLUMi という楽器の音となったわけですが、どこに魅力があると感じましたか?

大原

LUMiはもともとクラゲですから、それに準ずる「無色透明」であることは大きな強みだと思っています。

神々しくあろうとすれば、いくらでも高みに登れると思いますし、逆に自分の色に染めたいと思ったら、いくらでも素直に、どこまで染めることができるっていう汎用性があるのではないかと思います。
ありとあらゆるジャンルのLUMiが成立する予感がしていて…それを聴くのが今からとても楽しみです。

ーー今回の収録で、新しい発見はありましたか?

大原

新しいことだらけでした。VOCALOIDの収録って、意味のない言葉の連なりを特殊な4つの音階でひたすら歌っていくんです。

通常の歌のレコーディングやアフレコの場合、発声に抑揚や強弱・表情をつけていけるので、声帯を自分のさじ加減でまんべんなく使うことができます。でもVOCALOIDの場合は、ある音程をひたすら繰り返しながらクオリティを常に一定に保たなければいけない。

例えば800ワードあったとしたら、1ワード目から800ワード目まで、変に強弱がついてもいけないし、個々に抑揚がつきすぎてもいけない。
それを保ち続けるための声帯への刺激が想像以上でした。

うまくいえないのですが、声帯の同じ部分ばかりを長時間ひたすらぶつけることの過酷さを初めて実感しました。もちろん、表情豊かに、という指示のもと収録したワードも今回ありますが、とにかく他の収録物とは一線を画す作業だと思いました。
職人として試されているようでした(笑)

ーーVOCALOIDそのものに対してもともと持っていたイメージは、自分の声で録音してから変わりましたか?

大原

自由自在に歌わせることができるボーカロイドなのだから、いったい何万ワード収録するんだろうかと戦々恐々としていた分、「収録に必要なワード数は意外と少なく、あとはパズルのピースを組み立てていくようにフレキシブルに構築していける」ことと、それによって作り出されたLUMiの自然な歌声に驚きました。

コーラスもとても美しく、いくら重ねても暑苦しくならないで荘厳な厚みになる。
それでいて機械的ではない温度感がほどよいバランスで、びっくりしました。

ーー結果ヤマハの馬場さんは200点の出来と太鼓判を押していました。それは、大原さんだったからできたと。

大原

それは何より嬉しいお言葉です。
現場では馬場さんはじめ、皆さんが背中を押してくださって。
期待をしていただいているのをヒシヒシと感じられたので、本当にやりがいもありましたし、だからこそクオリティを絶対落としたくなくて、ひとつひとつ大事にしたいという気持ちがちょっと高まりすぎてしまったことも(笑)

やろうと思えば突っ走れたと思うのですが、クオリティを維持できなかったらこのプロジェクトの意味がないと思って、馬場さんからいただいた「録らなきゃなきゃいけない音は録れてるので、もう限界だと思ったら遠慮なく言ってください」という言葉に、18年間仕事をしてきて初めて甘えました。

今までだったら、ツライと感じても無理をして言わなかった、言えなかったと思うんですが、今回のプロジェクトはそれじゃだめだと。

2回目の収録のときに声帯の限界を感じて「すみません、ここで終わらせてください」とお願いしたときの、仕方ないという気持ちと悔しい気持ちの、なんともいえない心境はしばらく忘れられないと思います。

そのあと有難いことに3回目の収録が実現したので「ここは200%でやらせていただきます!」と気合を入れて臨みました。
そのリベンジの機会を与えていただけたのは、本当に幸せなことでした。また、プロとして自分自身に対する冷静な見極めが必要であるという点においても、大切な学びになりました。

いい声の秘訣は、健やかな精神

ーー今回の仕事の中で、印象に残っていることは?

大原

面白いと思ったのが、毎回収録の前に何曲か歌を歌わせていただいたことです。
「好きな曲歌ってください、ここがカラオケのつもりで!」って言われて、ええっ!?みたいな(笑)

発声練習と、それから実はブレスのパターンを収録するためだったのですが、長いブレス、短いブレス、速いブレス、少し声が混じるブレス…と、あまりにブレスばかりを意識しすぎると、歌自体がグダグダになるんだなということも初めて体感しました(笑)

でもそれも全てきちんと活かされていて、このブレスがあるかないかで、自然に聞こえるかどうか全く変わってくると思います。
LUMiは、そういった本当に細かいところまでこだわってみなさんが音作りして下さったということを、ぜひ体感していただきたいと思います。

ーー声を仕事にするために、大原さんが普段からどんな鍛錬をしていますか?

大原

どうしよう、何にもしてない(笑)
声帯って、男の人は20mm、女性は15mm の粘膜と筋肉でできている小さい小さい臓器なんですね。
ここに、わたしたちは命をかけて仕事してるんです。だから保湿や十分な休息など、なるべくマメにケアするように心がけています。

それからいつも感じるのは、心の状態がダイレクトに声にあらわれるということ。
気持ちが澱んでいたりとか、色々ストレスを抱えたりしていると、不思議と声量もクリアな音色も出なかったりするんです。

でも仕事から離れて好きなことをして、思い切りリフレッシュできた後って、ものすごく素直な声がでたりします。
そういう経験から、自分が心身ともに健やかでいることが、良い声のために一番大切なんだと思いました。技術的なことは経験を積んでいけば自ずとついてくるものなので。

身体と心が全部繋がってると実感できた時が、一番強い気がしますね。

ーー最後に、これからのLUMi に期待する点を教えてください。

大原

最初のオリエンテーションの時に聞いたAVAの吉澤さんの野望が、そのままわたしの目標でもあるんですが(笑)
東京オリンピックの開会式で歌うLUMiを見ることができたら素敵だろうなあと。
もし本当に実現したら、日本のテクノロジーはもちろん、こんなに素晴らしい楽器が日本に存在するんだということを世界中にアピールできると思うんです。

それから、純粋に楽器としてのLUMi とはまた違う側面で、他のキャラクター達とのドラマが今後どんな風に展開していくのかがすごく楽しみです。
サウンドドラマやアニメ化なんかにも、いつか繋がるといいな。

無限の可能性を秘めたひとつの楽器としてのLUMiの可能性を、クリエイターの皆さん、プロデューサーの皆さんに託しますので、どうぞ彼女を存分に歌わせてくださいね!
今後とも末長くよろしくお願いいたします。

INTERVIEW / TEXT BY AYUMI YAGI

大原さやか声優、ナレーター

神奈川県出身。特技はチェロ演奏。
主な出演作品に『×××HOLiC』(壱原侑子役)、『FAIRY TAIL』(エルザ・スカーレット役)/『美少女戦士セーラームーンCrystal 』(セーラーネプチューン海王みちる役)など。
朗読ラジオ『月の音色〜radio for your pleasure tomorrow〜』はライフワーク。京都と着物と本が好き。